令和5年 第6回日本舞踊 未来座 =最(SAI)=

令和5年度 第6回日本舞踊 

未来座 = 最 SAI =

舞姫コラム

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第6回「天の羽衣伝説と天女の舞、羽衣」

前回、「竹取物語」とかぐや姫をめぐり、かぐや姫が「舞姫」だったというお話をしてきましたが、その物語に纏わり、天女が地上に舞い降り、そして、天空に舞い上がるために必要な「飛車(ひしゃ)」の代わりになる「羽衣(はごろも)」が登場する「舞」に纏わるお話は、日本全国、さらに言えば、アジア各地はもちろん、ヨーロッパなど世界中に存在しています。
日本では、やはり日本最古の物語と言われている「竹取物語」と、かぐや姫が月の世界へ帰る際、穢れている私たち地球の世界と決別するために羽織る「羽衣」の存在が特徴的ですが、太古の人々より、天空、太陽、月、星々、そして宇宙の存在は、私たち人間の手が及ばない聖域であったことは間違いないでしょう。また、これも不思議な事なのですが、現代とは違い、時代が古いほど、異星人や異界の存在と人間が、なぜか当たり前のように遭遇し、そこに何か物語が起きるということが伝承され、また文学として残されていることも改めて疑問に感じるところでもあります。例えば、狐や狸など、動物がまるで人間と同類に扱われていたり、物の怪や鬼、また幽霊、妖怪にはじまり、江戸時代になると、やはり異星人との遭遇や未確認飛行物体UFOの話なども瓦版などの記録にも残っていたりもします。現代人は、科学が発展し、凡その不可思議さや地球の事、また宇宙のことなどを全て知ったかのように振る舞っていますが、例えば、人類は未だ海の全てを解明できたわけでもなく、また宇宙の事においてはほんの僅かしか理解できていないと言われています。ましてや、3年間にわたりパンデミックを起こした新型コロナウィルスとの戦いは終わったわけではなく、実は100年前にもスペイン風邪というほぼ同じようなウィルスが世界的なパンデミックを引き起こしており、そうした意味では私たちは、ウィルスを未だ克服した訳ではなく、そうした未知の存在と共存する道を何度も選び、人類は生き残ってきたとも言え、私たちは、実は全てを知っているようで、実はあまりわかっていないのかもしれません。しかし、それはまた私たちの創造力を掻き立てることにもつながる良い意味もあるかもしれません。


さて、「かぐや姫」の物語に話を戻しますと、例えば、静岡では、「竹取物語」とは別の「かぐや姫」の物語があり、富士山とその御神体である「木花開耶姫」という女神と「かぐや姫」と同等視される場合や信仰もあります。中でも「羽衣」の存在に注目してみると、富士山に限らず、我が国には月や宇宙、また異界からきた「姫」の物語と共に、その「姫」が羽織っていた「羽衣」にまつわる物語が各地に存在することがわかります。例えば、有名な場所では、京都府の北、丹後地方にも独自の「羽衣伝説」が二つの異なる内容や結末で存在しており、また、滋賀県長浜市にある余呉湖の伝説など、各地の「風土記」に書かれた古い伝説もあり、また「羽衣」とその伝説においては、能楽「羽衣」をはじめ、日本舞踊でも、常磐津「松廼羽衣」など、今でも馴染みのある作品にもなって伝承されているのです。
また、こうした「羽衣」と「舞姫」の伝説や伝承は、そもそも巫女舞や宮中の役職として存在していた「舞姫」と舞の存在にもその原点があり、その点においては、すでにお話をしてきた次第ですが、そうした宮中やその暮らしは、世間一般とはかけ離れた特別な存在であることから、「竹取物語」をはじめ、宮中の文化として羽衣に関わる物語を伝承させてきた歴史的な背景も日本独自の文化思想とも言えるでしょう。今では、飛行機をはじめ、場合によっては宇宙にも行ける時代ではありますが、伝承されている「羽衣」の伝承では、月や天空と行き来するためには、必ず飛行するための「羽衣」が必要不可欠なのは、「竹取物語」が原点とも言えますが、実は、とりわけかぐや姫に似た舞姫と羽衣に纏わる不思議な話は全国に存在しています。


例えば、奈良時代に編纂された各地の伝説などが記された「風土記」の中でも、特に「近江国風土記」によれば、昔、「伊香(いかご)の小江(おえ)」という小さな湖があり、その小さな入江に八人の天女が舞い降り、羽衣を脱ぎ、白鳥に姿を変えて水浴びをしていると、伊香刀美(いかとみ)という漁師の男が白犬を使って天女の羽衣を奪ってしまったそうです。それが原因で、一人の天女だけ月の世界へ帰れなくなってしまい、その天女は、仕方がなくその男の女房になり、二男二女、四人の子供まで授かりますが、ある時隠された羽衣を発見し、子供を残し羽衣を使い帰ってしまうというお話です。このお話は、白鳥伝説としても滋賀県長浜の伊香具神社などでも伝承されています。
もう一つは京都府の最北、丹後半島周辺の伝承を記した「丹後国風土記」に書かれた「奈具(なぐ)の社(やしろ)」こと奈具神社に伝わるお話で、「奈真井」という池に八人の天女が羽衣を纏い降り立つお話。「近江国風土記」と同じく、やはり天女八名が水浴びをしていると羽衣を見つけ隠してしまうのは、今度は漁師の男ではなく、なんと比治の里、和奈佐の翁と嫗。そして、羽衣を隠された天女は、仕方なく二人の娘になり十年を共に暮らし、天女は、万病を癒す力と酒を持って翁と嫗の家に財をもたらしますが、なんと翁と嫗は、財を成すと、我が子ではないと天女を追い出してしまうのです。なんとも酷い話で、まさに人間が穢れた存在として描かれているのは「竹取物語」と共通するところです。しかし、そこからこの物語には続きがあって、無惨にも追い出され彷徨った天女が現在の京都府宮津市にある奈具神社に御鎮座され、「豊宇賀能売命(とようかのめのみこと)」という神様となり、さらに、凡そ5世紀頃の天皇とされる雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)の夢枕に、伊勢神宮内宮の神、「天照大神(あまてらすおおみかみ)」がお立ちになり、そのお告げにより丹後の国、比治の真奈井の神、豊宇賀能売命を食の神、御饌(みけ)の神としてお祀りすることになったそうです。その神こそが、伊勢神宮外宮の御祭神である「豊受大神(とようけのおおかみ)」と言われています。それにしても、酷いことをする人間もいたものですが、一体「羽衣」は隠されたままどこに行ってしまったのでしょうか。また、そのような仕打ちを受けても神様となった「豊受大神」は、そもそも天女であり、また「羽衣」を纏った神としての「舞姫」であったとも言えるかもしれません。


そして、なんと言っても「羽衣」の伝説として、能楽「羽衣」のお話にもなっている一番有名なお話が静岡県静岡市駿河の海岸線に広がり、後方に富士山を望む名勝、三保の松原の羽衣伝説ではないでしょうか。お話には、まず漁師の伯梁(能楽では伯龍、また日本舞踊では伯了など)がある日、松の枝に美しい「羽衣」がかかっているのを見つけます。なんと美しいものかと手にとり、これは誰かの忘れ物だろうと持ち帰ろうとしますが、実はそれは天女の「羽衣」だったのです。天女から「羽衣」は自分のもので、それがないと天空へ戻れないことを告げられ、返してほしいと言われるのですが、伯梁はさらに「そんな素晴らしいものならば国の宝である」とさらに返すのを拒みます。やがて、月の世界へ帰れないことを嘆き泣き出してしまう天女を伯梁は哀れに思い、ならば天上の舞を披露いただければ返しましょうと約束するのです。約束通り、天女は天上の舞を見事に舞い納めながら、羽衣を返してもらい、天女は羽衣を纏い天空の月の世界へ昇天していったというお話です。また、その天女が舞った舞は、舞楽、東遊(あずまあそび)の「駿河舞」となったとも言われています。さらに、驚くことに、その際に残った「羽衣」の切れ端と言われるものが、松の並木道を抜けた先にある「御穂神社(みほじんじゃ)」に保存されているそうですが、正にこの地の伝説「羽衣」と天女の「舞」が能楽作品となり、さらに歌舞伎、日本舞踊作品へと伝承されていったわけです。そしてこの天女こそ真の「舞姫」であり、またそれは人間の領域を超えた月の世界の異星人であり、また、それは神となり、「舞」が、人界を超えた世界の領域であることを物語っていると言えるのではないでしょうか。

 


次回は、さらに、神や異界からの来訪神の「舞」と「舞姫」のお話から、人間の舞う「舞姫」のお話へと進めていきます。

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